就業者数で雇用の改善を判断するのは適切か

いわゆるリフレ派がアベノミクスで雇用が改善したと主張する際、完全失業率ではなく就業者数が根拠とされている。
雇用の改善を示す指標は一般的に完全失業率を用いるので、リフレ派が挙げる就業者数はかなり異質に見える。このため就業者数を根拠としてアベノミクスの成果を強調するリフレ派に対して、次のような懐疑的な意見もある。

就業者数の推移(1968年~2017年):季節調整値使用(総務省統計局「労働力調査」より)

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1968年1月以降の就業者数の推移(黒線)を見ると全年齢では1990年代前半で上昇が止まり、以降は伸び悩んでいることがわかる。15~64歳(赤線)に限定すると1990年代のピーク以降減少していることがわかる。これを前年同月からの増減率*1で示したのが下図となる。
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1990年代前半のバブル崩壊までは景気との関連性があるともいえるが、それ以後は関連性があるようには見えない。
さらに年齢階級別に増減率を見ると、各階級で傾向に一貫性を見出すことが困難となる。
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2013年以降に増加に転じていると言えそうなのは、45~54歳と65歳以上の年齢階級、そして15~24歳の年齢階級でそれらしい傾向が見えるくらいである。

年齢階級別就業者数の推移(1968年~2017年):季節調整値使用

次に年齢階級別で就業者数の推移を見てみる。
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45~54歳と65歳以上の年齢階級が2012年後半から上昇し、15~24歳の年齢階級でもやや上昇しているが、それ以外の年齢階級ではむしろ減っている。
全期間で見ても各年齢階級ごとに傾向がばらばらで、就業者数の増減から雇用が改善・悪化したなどと評価するのは困難だ。
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男女別に見ても同様で、就業者数の増減から雇用が改善・悪化したとは判断できない。

リフレ派が用いる就業者数の推移図のレンジ

リフレ派が用いる就業者数や労働力人口の推移図は対象期間が2007年~2015年くらい、縦軸は200万人程度の幅で図示されている。
同様なレンジで就業者数の推移を図示するとこうなる*2

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グラフからは2013年から劇的に改善されたように見える。
では、これと同じレンジ幅(350万)で64歳以下の就業者数の推移を示すとどうなるか。
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どう見ても2013年で増加に転じているようには見えない。リフレ派はなぜこの15~64歳の年齢階級での就業者数の推移を示さないのか不思議だ。
同じグラフ内に表示するとこうなる。
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15~64歳の年齢階級での就業者数は2013年以降も全く増えていないが、全体の就業者数は2013年以降増加傾向を示している。就業者数の増加は65歳以上の年齢階級の貢献によるもので、これが果たしてアベノミクスの効果といえるのか。

就業者数の増加は雇用の改善と言えるのか

就業者数の増加は雇用の受け皿が増えたという意味では雇用の改善とも言えるが、数字だけで判断するのは難しい。高齢労働者が退職せず働き続ける中で、新卒は例年通り確保したいと考える企業は、高齢労働者の給料を下げつつ新卒を採用し全体の就業者数は増やすという対応をとることがあり、これを雇用の改善と呼べるかは疑わしい。

マクロ的に見れば人口が増えれば就業者数も増えることは自明で、15歳以上人口に対する就業者の割合を参照する方が適切だろうし、非労働力人口に特異な変動が無い限り、労働力人口に対する完全失業者の割合である完全失業率を参照するのがもっとも適切であるはずだ。


*1:前年同月からの変化率であるので本来は原数値が望ましいが、ここでは実数との比較しやすさを考慮して季節調整値を使用して算出した。

*2:松尾匡氏のサイト(http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__170403.html )のグラフに縦軸レンジを合わせた